蓬
蓬さん (98zj7wdb)2024/9/15 00:50 (No.5491)削除【Superanda omnis fortuna ferendo est.】
「────ラテン語ですか?」
『そうですよ、よく分かりましたねェ。』
「いえ、古文はよく本で見ていたので…。」
『そうですか。まあ、あっしの弟なので矢張り惹かれるものは同じって所ですかね〜??』
「古文と言っても、兄さんがくれた本を読んだですよぉ。」
『おや!あの本達をしっかり読んでいるなんて、我が弟があっしに続いて博識になるのが目に見えますね〜!』
「兄さん…、別に俺は博識になりたくは無いよ。」
『断られてしまいやした…』
「兄さんは好きなラテン語とか、無いんですか?」
『勿論ありますよ。』
〝Fac, quod rectum est, dic, quod verum est.〟
『〝正しいことを為せ、真の事を言え〟』
『どれも良い言葉であっしは一つには絞れませんが…、あゝ、でも一番を決めるとすれば…』
「『〝我思う、故に我あり〟』」
『おや…』
「兄さんの好きな言葉なら一瞬でわかりますよ。なんてったって俺は兄さんの双子ですからね。」
『ふふ、貴方には全てお見通しってわけですね。じゃあ、貴方の服を勝手に使った事もお見通しって訳です。』
「それは初耳ですねェ、兄さん。ちょっと詳しく聞いても???」
『おや、ではあっしは逃げます。』
「あっ!!待てい!!」
いつの日か兄と語った古い言語の話。
今でも夢に見るのだ。
兄が朝起こしに来て、一緒に朝食をとり、司書長の仕事と守衛長の仕事をこなしながら同胞達と楽しく喋って、お茶会をし、友人達とも会い、他愛無い話を繰り返す、
そんな幻覚を見るんです。
此の夢は、幻覚はもう実現出来なくて、在りし日に他愛無い話をしていた同胞達が己に向ける視線は奇怪であり裏切り者を見る様な、そんな苦しい視線を寄越してくる。
もう同胞ではない、同僚でも無い、友人も居ない、
兄も居ない。
そんな兄に似た容姿はついこの前兄とは認めたく無い、形容し難い者により片眼を失明に追い込まれ、酷い火傷を負った。
酷い怪我を負い、同胞達に助けを求めたが、答えは案の定
無視だった。
酷く痛む火傷を布で抑えたまま自室に戻った。
冷蔵庫に入った保冷剤を布で包み、火傷した部分を冷やした。
温くなったら能力で冷やすを繰り返した後、矢張り火傷は痕になり、見えない視界に動揺したのは言うまでも無い。
「にい、さん……。なんで……」
割れた鏡に映る自分の姿は大好きな兄にそっくりだった。
火傷さえなければ、鏡の中の兄に会えたのに。
「なんて、醜いですよね。」
「……〝ne vivam si abis. 〟」
〝もし貴方が去っていくのなら、俺は生きていたくはない〟
ぽつりと口から溢れ出たラテン語。
酷く冷えた室内の隅に膝を抱えて座る。
ねえ兄さん、俺さ、司書になったんだよ
兄さん、俺ね、もう何も信じられないんだよ。
兄さん。
兄さん。
どうして置いていくんだよ。
「…置いて行くぐらいなら、殺してくれよ。」
力無く溢れ出た言葉は確かに己自身の本心であって偽りなんてなかった。
置いて行かれたなんて、認めたく無い。
だって昔からずっと、生まれてからずっと一緒だったのに。
置いて行かれるぐらいなら殺してくれよ。
置いて行くぐらいなら俺を双子って、弟だって呼ぶなよ。
俺はどうすりゃあよかったんですか。
仲間からは冷たい視線を向けられ
貴方には置いて行かれ
能力も扱えなくて
友人も貴方がいなくなってから一人一人変わっていき
最後に取り残されたのは俺だけ。
こんな惨虐極まりない世界という舞台に立っているソリスト
嗚呼、馬鹿みたいじゃないか。
観客はもう居ないのにさ。
その後は俺は激しい眠気に襲われた
相変わらず悪夢に魘されることは確定だ、
会えない人との平和なあの日を夢見てさ。
嗚呼、くそったれな世界におやすみなさい
【全ての運命は耐えることで克服されなければいけない】