海
海老さん (99b26kiz)2024/9/5 20:55 (No.4971)削除「約束のその後」
「ただいま、ブラン。」
そう言いながら、無機質な表情でこちらを見る弟の隣に腰掛ける。
この子にはこの子自身の自我もあるし、1人で行動も出来るけど、大体はお部屋で本を読んでいることが多い。
その読んだ本の内容も、勝手に共有されてくるから何をしていたか、何を読んでいたかは丸わかりだけど、あえて「何してたの?」と聞いてみる。
答えは返ってこない。そういう風に私がしてるから。滅多に喋らないと言うだけで喋ることはできるけど。
この子にも自我があって、勝手に行動ができる力がある。それで勝手に外との交友関係を深めて、自分の元から離れるなんてことがあってはならない。
たった1人しかいない家族だから。
「あぁ、そうだ聞いてよブラン!私お友達が出来たの!お外にお友達!」
言いたかったことを弟に伝えれば、少し首を傾げられる。
友達の意味が分からないわけじゃない。きっと、『そんなものを作ってどうなる』とでも言いたいのだろう。
先程のとおり、弟はたった1人しかいない家族。その家族に自分がいない場所での交流をやめろと言っておいて、自分は他の場所で交流を深めてました、なんて怒らないはずがない。
でも、怒るという感情よりも先に、その瞳には明らかに心配の色も見えた。
「...わかってるわ、ブラン。私は人間じゃなくて、産まれた時からこの姿で...きっとこれから先、何も無ければ何百年、何千年も生きるんだと思う。...きっと、あの子も置いていっちゃうわ。」
そんなことを言いたいんじゃないだろうけど、どうしようもない、埋めようもないその明らかな溝。
人と、アーキビスト。
見分けはつかないように出来ているし、身体能力にも対して差はない。
生きる時間が違うだけ。
だから暫くはきっと、自分も普通の人間として振舞っていけると思う。
騙しているようで気が引けるけど、せっかく出来たお友達を種族の違いとかで失いたくは無い。
だから、自分のことは種族や何をしているかも含めて全部秘密にしようと思った。
「街で偶然出会った、ただのノワール」としてお友達になるしか無いと思った。
嘘じゃなくて秘密。
そう言い聞かせても、ちょっと息苦しくなるような気がした。
「......ねぇ、ブラン。私はなんでこんな感じで産まれて来ちゃったのかしら...。お母さんもお父さんも勿論ブランもいて、ちゃんと1から10まで順番に成長して、学校にも行って、お友達もいっぱい作って、そして寿命が来たら死ぬ。...そういう風に、産まれたかった。」
弟の肩に勝手に頭を乗せては息を吐く。
私が人間だったら良かったのに。
そしたら、こんな風に悩んだりしなかったのかしら。
「...まぁ、うじうじ悩んでても仕方ないわよね!...そうだわ!ねぇ、ブラン、私宿題出されたから一緒にやってくれる?あのね、お友達と一緒にやりたいことのリストを作りたいのよ!」
時間は有限。
やりたいことはやれるうちにやっておこう。
暗い雰囲気をぱっと切り替えては、まだ使っていないまっさらなノートを引っ張り出す。
表紙が淡いピンク色で、街で一目惚れして買ったもの。特に使い道なんてなかったけど、その表紙に黒い油性ペンで「お友達とやりたいことノート」と書き込む。
何かまだ言いたげな弟の瞳を見ないふりをして、A4サイズの紙に向かってペンを握りしめた。
「えっとねぇ、まずはねぇ...『お買い物』とか!あぁでもあの子からしたら退屈かしら?...退屈にならないようにいっぱいお喋りすれば大丈夫よね!あとは、何かしら。...そうだ、『遊園地にも行ってみたい』とか。あそこって1人で行くのは楽しくなかったけど、お友達と行けば楽しくなりそう!あとはあとは...」
__楽しそうに机に向かう姉を見て、弟はこう思う。
"あんなに他人のことを考えて楽しそうにしている姉は初めてだ。それは喜ばしいことである。"
"それと同時に"
"その期待を裏切られた時、姉は今度こそ正気を保って居られなくなるのではないか。"
先のことを考えても仕方ないし、自分が何を言ったところでこの姉と名乗る自分の分身は止まらない。同じだからわかるのだ。
だから弟と呼ばれる自分は、そうならないことをただ祈ることしか出来ない。
今は彼女がへそを曲げてしまう前に、その友達とやらが課した宿題を隣で一緒に考えてやらないと。
そうして2人セットで買った椅子を引っ張り出して来ては、姉の隣に並んで座る。
その日が来ないことを切に願いながら。